大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)3472号 決定 1993年10月12日
債権者
伊藤隆
右代理人弁護士
山口健一
飯高輝
笠松健一
債務者
富士シャリング株式会社
右代表者代表取締役
伊藤修
右代理人弁護士
福原哲晃
今泉純一
吉岡一彦
当裁判所は、当事者双方を審尋の上審理し、債権者に債務者のための担保を立てさせないで、次のとおり決定する。
主文
一 債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成四年一〇月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り月額四九万三〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立費用は債務者の負担とする。
事実
一 申立ての趣旨
1 債務者は債権者を債務者の従業員として仮に取り扱え。
2 債務者は、債権者に対し、平成四年一〇月から本案判決確定まで毎月二五日限り月額五八万円の割合による金員を仮に支払え。
二 債権者の主張
1 債務者は、倉庫の賃貸業を主たる業務とし、債務者代表者の親族を多く取締役とする同族会社であり、従業員は現在八名である。
2 債権者は、債務者代表者の長男であり、昭和四六年債務者に入社したが、翌四七年債務者を退職し、翌四八年再入社し、主として営業活動に従事してきた。
3 債権者は、毎月二〇日締めの二五日払いで月額五八万円の給与の支給を受けていたが、平成四年六月分から四九万三〇〇〇円に減額された。なお、債権者は昭和五一年から平成四年一一月まで債務者の取締役であったが、取締役報酬は支給されていなかった。
4 債務者は、平成四年九月二五日、債権者に対し、同日付けで懲戒解雇とする旨の意思表示をした。
5 債務者が無断欠勤と主張する日について、債権者は別紙勤務状況一覧表記載(略)のとおり、梅新万久ビルにおいてビルの入居者募集及びビル管理の業務に従事していた。
三 債務者の主張
1 懲戒解雇とした事由は以下のとおりである。
<1> 無断欠勤(五八条七項)
債権者は、別紙勤務状況一覧表(略)の年月日欄記載の日に無断欠勤をし、平成四年七月以降だけで二五日間も無断欠勤をするなど、就業規則五八条七項の「正当な理由がなく無断欠勤一四日以上に及んだとき」に該当する。
<2> 会社物品の持出し(同条八項)
債権者が次のとおり、債務者に無断で債務者管理の物品を持出したことは同条八項に該当する。
平成四年八月一一日ころ、梅新万久ビルの管理ファイル六冊の持出し
<3> 社長に対する暴行(同条一〇項)
債権者は、平成四年七月二四日、債務者代表者の自動車左後部ドア面に傷をつけ、これを注意した同人に対し、従業員の面前で「証拠を見せろ。早く電話しろ。こんなことは現行犯でしか捕まらない。」と暴言を吐き、同人の胸元を手で押し腕を掴む等の暴力を振るった。
<4> 勤務不良(同条一一項)
<1>のとおり、債権者は欠勤が多く、出勤してもすぐ所在不明となり、特に債務者代表者が平成三年一二月二五日、以降住吉の倉庫業務に従事するよう命じたのに、これに従わず、勤務不良であった。
<5> 預金の横領(同条一二項)
債権者は、昭和六三年五月ころから平成三年八月ころにかけて伯母である伊藤久子(禁治産者であり、債務者代表者が後見人に選任されている。)の預金から四二回に亘り合計一五二九万五〇〇〇円を無断で出金し横領し、右につき債務者代表者は後見人として平成四年八月一四日大阪地方検察庁に刑事告訴をした。
2 債権者が支給を受けていたのは、従業員給与でなく、取締役報酬である。
四 主要な争点
懲戒解雇事由の存否。特に、平成四年一月以降、債権者が梅新万久ビルでビルの業務に従事していたことが、無断欠勤又は勤務不良に当たるか。
理由
一 基礎となる事実関係
疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる。
1 前提事実
債務者は、鉄鋼材の剪断加工を主たる業務として設立されたが、昭和五〇年代に右業務では採算が合わなくなり、貸倉庫業に転換をし、平成元年からは住之江区北加賀屋の住吉工場を倉庫として、日本アーム工業株式会社に貸し、右一角の事務所において賃料と出荷業務の請負による委託料を得ることを営業活動としていた。
債権者は、昭和四八年債務者に再入社し、専務として主に営業活動に従事してきた。
昭和六二年、債務者代表者の所有する土地を管理するため、万久株式会社を設立し、同人所有の北区西天満の土地に、平成三年五月ころ、賃貸用の八階建ての梅新万久ビルを新築した。これは、債務者の不動産部門を別会社としたもので、実質的には債務者と一体をなす会社であった。
万久株式会社には従業員はなく、経費節約のためテナント募集及びビルのメンテナンス業務は専門業者に委託せずに、債権者が右実務を担当することとなり、債権者は債務者の住吉事務所ではなく、西天満の梅新万久ビルに仮事務所を設けて右業務に従事していた。
ところで、平成三年以降債務者代表者は入院すること度々にして、わけてもビル完成の前後から、債務者代表者と債権者との間の溝は、その親族関係の複雑さも反映して深まるばかりであり、平成四年になると、債権者の債務者代表者長男としての特権は徐々に剥奪され、三月には債権者の行動を毎日報告することが義務付けられ、四月には万久株式会社の代表取締役の地位を失い、六月には減給処分を受けるまでになった。他方、ビル開業後も八室のうち二室しかテナントは入居せず、平成四年六月はじめころ、梅田旭土地にテナント募集を専任として依頼するに至ったが、債権者はビル管理業務のほか右梅田旭土地との折衝等に従事していた。
2 無断欠勤について
債務者が無断欠勤又は勤務不良と主張する日については、概ね別紙勤務状況一覧表(略)記載のとおり、債権者は梅新万久ビルの業務に従事していた。
3 会社物品の持出し
(一) 債権者は、平成三年八月二一日、住吉事務所に保管してあった自己の実印のほか、伊藤真理ら妹名義の印鑑を持出したが、同月二九日、自己の実印を除いて返した。
(二) 債権者は、平成四年八月一一日、住吉事務所に保管してあった梅新万久ビルの管理ファイルを持出し、翌日返却した。
(三) 債権者は、同年九月上旬ころ、債務者代表者の平成二年度税務申告書控を住吉事務所の自己のロッカーから自宅に持ち帰ったが、右は債務者代表者が債権者に保管を依頼しておいたものであり、その後、返却されている。
4 社長に対する暴行
平成四年七月二四日、債務者代表者の自動車に傷が付けられており、それを発見した債務者代表者が債権者の仕業と断定し、債権者を非難したため、債権者は、「誰か見たのか。現行犯しか捕まえられない。警察を呼べばよい。」として、口論となった。
なお、債務者は、右に際して、債権者が債務者代表者に殴りかかり又は胸元を押した旨主張するけれども、右事実を認めるに足りる適確な資料はなく、右暴行の事実を認めるには足りない。
5 預金の横領に関する告訴
債務者代表者は、伊藤久子の後見人として、平成四年八月一四日付けで、前記<5>を理由として、債権者を大阪地方検察庁に告訴した。ただし、債権者の行為が横領に当たると認めるに足りる疎明資料の提出はない。
二 保全されるべき権利関係
1 解雇事由の就業規則該当性
(一) 無断欠勤又は勤務不良について
債務者が無断欠勤又は勤務不良とする日に、債権者が梅新万久ビルにおいてテナント募集等に従事していたことは前判示のとおりであり、右が無断欠勤又は勤務不良となるかについて検討するに、万久株式会社と債務者が一体の会社であること、平成三年一二月ころまでは債権者が梅新万久ビルでテナント募集等に従事することは債務者の承認するところであったことはいずれも債務者は争わず、結局、債務者代表者が平成三年一二月二五日、債権者に対し梅新万久ビルを引揚げて住吉倉庫の管理業務に従事するよう命じたか否かが問題となる。
この点、(証拠略)には債務者代表者が右を指示した旨の記載があり、(人証略)は右に沿う陳述をなし、平成四年一月梅新万久ビルの仮事務所を二階に移し、電話は転送電話とするなど右になじむ事実を認めることはできるけれども、他方、右をただちに信用するには躊躇を覚えざるをえない上、債務者は平成四年一月以降の梅新万久ビルの業務に従事する人的手当をしていないこと、債務者代表者が平成四年三月ころ債権者に業務日誌による報告を求めたことは、債権者が梅新万久ビルで業務に当たることを前提としてはじめて納得できること、現に債権者は梅新万久ビルの業務に従事していたのに、これに対し債務者は何らの措置をとっていないこと、などに照らして、債権者が(ママ)住吉倉庫の業務に従事せよとの業務命令がなされたとまでは認めるに足りない。
したがって、梅新万久ビルの業務に従事していたことをもって、無断欠勤若しくは勤務不良となすことはできない。
(二) 会社物品の持出しについて
右事実関係は前判示のとおりであるが、印鑑を巡る紛争は、債務者代表者と債権者間の紛争であり、債務者財産の侵害といえず、管理ファイルの持出しは債権者の業務上の必要に基づくと認めるのが相当と思われ、債務者代表者の税務申告書の件は債権者が債務者代表者の依頼により保管していたものであるから、債務者財産の侵害に当たらないし、加えて、いずれも債務者に損害を与えたとの疎明はなく、懲戒事由に当たらない。
(三) 社長に対する暴行について
右について、債権者が債務者代表者に対し暴行をなしたと認めるには足りないこと前判示のとおりであって、これを懲戒事由となすことはできない。
(四) 預金の横領について
債務者代表者が後見人として債権者を告訴したことは所論のとおりであるが、刑事告訴だけで、刑事上の罪に問われた場合に該当するということはできないから、債務者の主張は失当である。
(五) 小括
以上、債務者主張の懲戒解雇事由を認めるに足りる疎明はなく、本件解雇は無効である。
2 賃金額について
(一) 債務者は、債権者の受けていた給料は取締役報酬である旨主張するところ、債権者には各種手当が支給されず、その給与額、とりわけ他の従業員の基本給と比較するならば、債権者の受けていた給料中に実質上取締役報酬の性質を有する部分があることは否定できないであろうが、債務者は右額を確定する資料を提出せず、右を確定できない以上、債務者の主張は採用できない。
(二) 債権者は平成四年七月から九月まで毎月四九万三〇〇〇円の給与を受けていたと認められる。この点、同年五月以前は月額五八万円の支給を受け、六月から減給された点について、債権者が右を認容して受領していたといえるかは確定できず、また、債務者就業規則上減給は一〇分の一以内とされることからすれば、かかる減給の効力には疑問も残るけれども、この点については当事者間で攻防の対象とされず、判断するには相当でない(保全の必要性で検討するとおり、結論に差異はない。)。
3 小括
したがって、債権者は債務者の従業員の地位にあり、また、継続的に少なくとも月額四九万三〇〇〇円の賃金支払を求める権利を有する。
三 保全の必要性
ところで、賃金額の確定は困難な問題であるが、月額五八万円の賃金の仮払額は通常認められる仮払額としては些か高額であり、債権者主張の必要月額には一従業員にすぎぬ債権者の地位に照らし不相応なものが含まれており、その給与額を五八万円とみるべきと仮定しても、月額四九万三〇〇〇円の仮払額で充分というべきであり、本件記録をみるも、五八万円の仮払を要さねば、本案の第一審判決の言渡しを待たずに生活に困窮するとの疎明はない。
地位保全及び右限度での金員仮払の保全の必要性は、本案の第一審判決言渡しに至るまでを限度として首肯できる。
四 結論
以上のとおり、債権者の申立ては主文掲記の限度で理由があるから、主文のとおり決定する。
(裁判官 山本和人)